ワー

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雑記

裏切り

ひと月ぶりに髪を切った。いつもは電話して予約を取り、「前と同じ○○さんにお願いしたいです」と指定をするのだが、今回は予約を思い立ったときに店が臨時休業中だったのでWebで予約をした。その結果、案の定別の人がぼくの椅子にやって来ることになった。
切られている間、気になるのはいつも髪を切ってくれるタナカさん(仮名)のことである。タナカさんはぼくが他の人に髪を切られているのを見て、どう思っているだろうか。「愛想をつかされたかな」と思って落ち込んでいるだろうか。でも、そんなことはないのだ。ぼくはただWebで予約を取ってしまっただけで、タナカさんのことを切り捨てたわけではない、信じてほしい――
髪を切り終わって店を出る時、他の人の髪を切っていたタナカさんはこちらを振り返って一言、「ありがとうございました」とそっけなく言った。それを聞いて、なんだか今度はぼくが裏切られたような気分になった。一言くらい「今日どうしたんですか」と聞いてくれてもいいのでは? もう一年以上切り続けてもらっているのだから、顔を忘れているということはないだろう。ぼくに自己弁護のチャンスすらも与えないつもりだろうか……
こんなのは全て単なるこちらの被害妄想で、タナカさんとしてはおそらくこうしたことはいくらでもあることで、いちいち反応してもいられなかったのだろう。だが、こういうしょうもないことでずっとダメージを受け続けることはよくある。特に、これでタナカさんが来月どこかへ異動してしまっていたらどうなるだろうか? 「前回指名しなかったことが響いたのかも……」と絶対にない妄想を膨らませてしまうに違いない。そしてその妄想を確信を持って追い払う機会は永遠に訪れないのだ。
下で紹介した『阪急タイムマシン』はそういうナイーブな自意識過剰についての話である(そうか?)。イラついたり共感したりしたらぜひ読んでみてほしい。オススメです。
ちなみに今週も髪を切られている間は『ダ・ヴィンチ』を読んだ。「短歌ください」のコーナーでは題詠の「傘」をでかい虫に見立てたやつと、ビニール傘を手にとった時に微かに感じる体温で他人のであることを察する瞬間を描いたやつが好きだった。急いで一読した程度では歌を覚えられない。やっぱ買うべきでは? でも1コーナーのために買うのもなあ……

メジャー化

だいたい今20代までくらいの世代には、共通してオタク趣味に関する暗い思い出があるだろう。学校でライトノベルを読む、アニソンを流す、オタク趣味を開陳する、そうした行為に対して冷たい目が向けられたこと、あるいは向けられたのを目にしたことが、一度はあるだろう。それが今や、世界の大祭典でマンガ表現やゲーム音楽が取り上げられている。世界に誇るニッポンのカルチャーというわけだ。オタク趣味は市民権を得た。こんなにうれしいことはない……
なんとなく上記のような言説がTLを駆け抜けていくのを見たが、こういう話を見るたびに不思議に思う。自分の趣味に市民権があるかどうかって、そんなに大事だろうか? 趣味は自分と愛好家の間でしか楽しめないものだし、誰にでも開示する必要は一切ない。人に趣味を言いたいのなら人に言える趣味を作ればいいのだし、他に趣味を持てないほど没頭しているのならそもそも興味を持たない人に趣味を言う必要はない。
趣味に自己の承認を見出している、というのも納得できない気がする。マンガ好きの人からセンスを褒められる、とかならわかるが、マスメディアが「今、マンガ好きが増えています」と喧伝したところで嬉しいもんだろうか。マンガやゲームという括りはアイデンティティとするにはあまりに大雑把すぎる気がする。パイが増えて喜ぶ漫画関係者とかならともかく、一般オタクには関係のない話だろう。
こうまで長々書いたのは、単純にわからないという気持ち以上に、「そんなちょろまかしで手のひら返すなや」という怒りが含まれていたことによるのだが……しかし気にはなる。どうなんですかね。

よかったもの

佐藤究『テスカトリポカ』

半分ほど読んだ。めっちゃくちゃ面白い。金と暴力はさらなる金と暴力を呼び、犠牲者はどんどん増えていく。話運びも上手いが何よりキャラクター造形とその語り方が上手すぎる。「心臓外科医に返り咲く日を夢見て指を鍛え続けるために日々エゲツないボルダリングをしている臓器ブローカー」なんてブッ飛んだ、かつ妙な説得力のある人物設定、どうやったら思いつくんだ?

切畑水素『阪急タイムマシン』

comic-walker.com

一冊完結。今となっては些細な、けれど絶対に許したくないすれ違いについての話。テーマへの真摯さもさることながら、キャラクターの不器用さの描写がめちゃくちゃいい。「そういうことってあるよ……でも、そうじゃいけないんだよな……」と勇気をもらえる。『今日はまだフツーになれない』と並んで2021単巻完結マンガ暫定1位。

有栖川夏葉LP

そのうち来るだろうな、と誰もが思っていた話が一気に全部来た印象。その割にはめちゃくちゃスッキリしていた。結局全部心持ちひとつだよね、という最後の選択肢を「気象予報士資格を持たないお天気キャスター」の意義と重ねているのだとしたら凄い豪腕だ。
ひと月前に「キャラクターが『大丈夫』と言ってくれるのがすき」という話をしたが、ぼくが夏葉さんのことを好きなのはそういう点かもしれない、と再確認した。