ワー

2021年 読んでよかった本10冊

宇佐見りん『推し、燃ゆ』

www.kawade.co.jp

2018年からVにハマり、2020年からシャニマスにハマり、近年とみに「推し」という文化に接することが増えました。その熱量は思ったよりもすさまじく、自分の人生に傾けるべきエネルギーと金をすべて「推し活」に注ぎ込んでいるように見える人も散見されるほど。しかし、まさにファナティックに映るそのような行動も、まぎれもなくその人の人生の一部でしかありえない……
そういった狂乱と息苦しさが、ライトに、しかしこらえるような興奮をもって描かれているのが本作でした。発売は去年でしたが、芥川賞受賞後に売れた印象もあり、今年のハイライトともなる一冊だと思います。

佐藤究『テスカトリポカ』

kadobun.jp

こちらも今年のハイライトでした。とんでもない邪悪が川崎に集い、一大ビジネスを立ち上げる顛末が描かれたクライムサスペンス。息つく間もない暴力と犯罪のうねりに息を呑む一方で、アステカの信仰を絡めたマジックリアリズム的な描写が神秘的に立ち上がってきます。
相当分厚い一冊なので手に取ったときは気圧されてしまいますが、一度読み始めたらすぐに引き込まれてページをめくる手が止まらなくなります。作者はもともと純文学でデビューしたらしいですが、エンタメの力が強すぎる。次回作にも期待が持てます。

寺山修司『競馬への望郷』

www.amazon.co.jp

個人的なハイライトでいえば、今年は競馬の年になりました。ウマ娘のアプリリリースを控え、「先に元ネタを押さえておこう」と競馬の動画を見始めたところ、一気にハマり、結局気がついたらウマ娘を通り越して単なる競馬にハマったオタクに……
競馬を見始めて初めて知ったのは、思ったよりもウェットな世界だということでした。単なる利益重視のギャンブルとしてではなく、自分の生き様を映す鏡として、競馬をまなざしている人たちがいるということです。臆病なことに悩む人は臆病な逃げ馬に自分を投影し、あまりうまくいっていない人はなかなか勝てない馬に賭ける。寺山修司が今作で描いたのは、そうした馬のなかに人生を見る人たちの姿でした。
「八頭のサラブレッドが出走するならば、そこには少なくとも八篇の叙事詩が内包されている」というのは寺山修司の言です。冒頭の詩「さらばハイセイコー」は、何度見てもオイオイ泣いてしまう傑作。

石田敏徳『黄金の旅路 人智を超えた馬・ステイゴールドの物語』

www.amazon.co.jp

寺山修司が描いたのは主に騎手と馬券師の姿でしたが、このドキュメンタリーが焦点を当てるのは馬主や生産牧場の物語。
ステイゴールドとその産駒たちの活躍は競馬ファン誰もが知るところですが、そこに至るまでの駆け引きや奇跡のような巡り合わせが綿密な取材の上に描かれます。特にステイゴールド種牡馬入りまでの駆け引き、岡田繁幸の章は圧巻。今年は岡田繁幸が亡くなり、ユーバーレーベンがオークスを獲ったということもあり、印象に残った一冊でした。ステイゴールドの話といえば、馳星周『黄金旅程』も楽しみ!

入間人間安達としまむら』10巻

dengekibunko.jp

年に一冊出る安達としまむらの最新刊。いよいよ安達としまむらの将来への道筋が描かれ始めましたが、ここで幸せいっぱいのしまむらの前に、自分に思いを寄せる幼なじみ・樽見が現れて……
安達としまむらはずっと「主体的に人間関係を構築する」ということをテーマとしてきたように思いますが、その重さが全シリーズ中でもっとも厳しい形で現れた巻でした。何かを選ぶということは、何かを選ばないということであり、人間関係を構築する以上はその重みを引き受けていかなければなりません。あと数巻で完結するのがもったいないと思ってしまうくらい、見事な一巻でした。

アンナ・カヴァン『氷』

www.amazon.co.jp

表紙の格好良さからなんとなく欲しくなった本作ですが、蓋を開けてみればまったく新しい読書体験でした。
滅びかけた世界とさまよい、巡り会い、また離れる登場人物たち、そして何より境界なく入り交じった妄想と現実。気付いたときには吹き付ける吹雪の中、夢とも現実ともつかない朦朧とした世界に引きずり込まれてしまいます。読むのにはかなり体力を使いましたが、疑う余地のない傑作でした。『アサイラム・ピース』も気になりますが、いや、読むのしんどそうだな……

阿波野巧也『ビギナーズラック』

sayusha.com

今年読んだ歌集ではベストの一冊。素朴な現代口語短歌ではあるのですが、一首のなかでのカメラの処理というか、知覚と認識の間のタイムラグを写し取るような描写が見事。自分にひきつけて感じるというよりは、どこか他人の視点を見ているような独特の浮遊感があります。

まぶしいものに近づいてみる近づいて舗道の上に柿はひしゃげる
父親とラッパの写真 父親は若くなりラッパを吹いている
ワールドイズファイン、センキュー膜っぽい空気をゆけば休診日かよ

保坂和志『プレーンソング』

www.chuko.co.jp

ビックリするほど何も起こらない小説。しかし、何も起こらないからこそ、そこに流れる時間が美しく光る……ヤマなし、オチなし、意味なしの小説を書こうとしているオタクにとっってはかなり衝撃的な一冊でした。何も起こらなくても、これだけ良くなるのか!
同作者の『書きあぐねている人のための小説入門』も読みましたが、何も起こらないことに対してストイックすぎて驚きました。書きあぐねているときに読んだらますます迷宮入りしそうな内容で、なかなか真似をして傑作を書くのは難しそうです。

綿矢りさ『ひらいて』

www.amazon.co.jp

“たとえ”という名の男子に恋をした女子高生・愛。彼の恋人が同級生の美雪だということを知り、次第に接近する。火のように激しい気性を持った愛は、二人の穏やかな交際がどうしても理解できず、苛立ち、ついにはなぜか美雪の唇を奪う――。身勝手にあたりをなぎ倒し、傷つけ、そして傷ついて。芥川賞受賞作『蹴りたい背中』以来、著者が久しぶりに高校生の青春と恋愛を詩的に描いた傑作小説。

オタク的に衝撃的だった一冊pt2。あらすじを読んだだけでも衝撃的ですが、なにより女同士のセックスシーンの描写がすさまじく良かったです。詩的なペーソスもあり、何もかもをぶっ壊していく勢いもあり……綿矢りさ、やはり天才なのか?
ラストまで一気に駆け抜ける力強さも魅力的でした。綿矢りさ、もっとレズビアン小説書いてくれんか? 気取った百合S○なんてぶっ飛ばして、一気に天下獲ってくれ。

エーリッヒ・フロム『愛するということ』

www.amazon.co.jp

個人的な今年ベストの一冊は、これになるかもしれません。もうすでにベストセラーもいいとこですが。 愛するということを研鑽可能な技術と捉え、「運命の赤い糸」的思考に真っ向からNOを唱える一冊です。
かといって厭世観があるわけではなく、その根底に流れているのは極端なまでの人類愛。皆が愛によって生きることを可能にするためには、愛が技術として学び得るものでなくてはいけないということです。これはもちろん性愛に限らず、人生をともにしていく相手に対してとりうる態度だと思われます(本書のなかではセックスについても言及がありますが)。愛、やっていきたいですね。